若者で流行中の「POPMART」の不況に強いマーケティングとは?
皆さん、おはようございます。中国深セン在住の吉川です。
最近、現地のテクノロジー企業やEC企業から、日本市場進出や代理店の探し方について、多くの相談が寄せられてきています。しかもユニコーン企業や近年上場した会社が直接私に連絡をしてきており、こうした動きから、中国企業の海外進出がいよいよ本格化していると、日々肌で感じています。
おかげさまで、一人では手が回らないほど忙しくなってきましたので、ご協力いただける会社や個人の方がいらっしゃれば、冗談抜きでぜひお話ししたいと思っています。
さて、今回は中国国内外で大きな注目を集めているアートトイ企業、POPMARTを取り上げたいと思います。実は、私が2020年から注目してきた会社で、いよいよその存在感が世界的に高まってきました。POPMARTがどのようにしてこの成功を収めてきたのか、そしてその未来に何が待ち受けているのか、皆さんと一緒に探っていきたいと思います。
はじめに
POPMARTは、中国のデフレ経済が進行する中でも、驚異的な成長を続けている中国発のフィギュアブランドです。2024年上半期には、売上高が前年同期比62%増の45.58億元(約901億円)に達し、純利益もほぼ倍増しました。特に海外市場での収益は前年比260%増という驚異的な成長を見せ、全体収益の約3分の1を占めました。
POPMART2024年上半期業績
特に、Z世代を中心に人気を集めるブラインドボックス(中国語で「盲盒」)形式の商品が、その成長を支えています。日本市場でもPOPMARTの存在感は急速に高まっており、その成功の背景と、今後の展望について詳しく見ていきます。
ブラインドボックスの中毒性:なぜ人々はハマるのか
POPMARTの代表的な商品は上述した通り「ブラインドボックス」です。ブラインドボックスとは、中身がランダムな商品で、購入者は開封するまで中身が何かを知ることができません。現代のガチャガチャとも言えます。
ブラインドボックスの中毒性は、何が手に入るかわからないというスリルと、それによる収集欲を刺激する点にあります。通常、特定シリーズの商品では1/12の確率で普通のキャラクターが出現し、1/144の確率でレアな「隠れキャラクター」が出現します。
この不確実性と希少性が、消費者の購買欲を大いに刺激します。この「何が出るかわからない」という偶然性が、消費者に繰り返し購入させる動機となり、特に中国国内で大きなブームを巻き起こしました。
中国では、激務に追われるOLたちが、日常の癒しを求めてブラインドボックスを購入するケースが多く見られます。彼女たちは、日々オフィスのテーブルに向かって働く中で、せめてそのテーブルの上だけでも華やかにしたいと考えます。
ブラインドボックスを開けてお気に入りのキャラクターを手に入れることで、彼女たちは自分だけの小さな癒しの空間を作り上げているのです。このような背景が、POPMARTが中国国内で一大ブームを引き起こす要因の一つとなりました。
POPMARTの成り立ちと成功の背景
POPMARTは、創業者の王寧(ワン・ニン)が2010年に北京で開いた小さな雑貨店から始まりました。当初は特に目立った商品もなく、売上も芳しくありませんでしたが、王氏はブラインドボックス形式のビジネスモデルに目をつけ、事業をシフトしました。
2016年に「Molly」というキャラクターを導入し、大ヒットを記録。これがきっかけで、POPMARTは急成長を遂げ、2020年には香港証券取引所に上場するまでになりました。その時点での時価総額は一時、1000億香港ドルを超えました。
これにより、70年近い歴史を持つ日本のエンターテインメント大手、バンダイナムコをも上回る存在となりました。
しかし、2022年には、コロナの影響でPOPMARTの収益成長が鈍化し、純利益が大幅に減少したため、市場では「バブルがはじけた」との批判が高まりました。
一方、POPMARTの成功の裏には多くの困難がありました。創業初期には、王氏が多くの投資家から「コミュニケーション能力が低い」と評価され、資金調達に苦労しました。しかし、彼のオタク気質が逆にプロダクト開発において高い成果を生み、中国国内での成功を手にしたのかもしれません。投資しなかった会社はもしかしたら今頃後悔をしているでしょう。
日本市場での展開と「ROBO SHOP」の成功
POPMARTは、日本市場でもその存在感を急速に高めています。特に、日本国内には「ROBO SHOP」という自動販売機が設置されており、この自販機はPOPMARTの世界観をそのまま体現した巨大な存在です。
ROBO SHOPは、中国国内の主要都市をはじめ、台湾、香港、韓国、カナダ、アメリカ、タイ、マレーシア、シンガポール、日本など、2023年末時点で約2500台が稼働しています。さらに、今後は欧米、東南アジア、オーストラリアなど22か国での展開も予定されています。
日本国内では、ROBO SHOPはイオンレイクタウンやダイバーシティ東京プラザ、池袋サンシャインシティなど、全国各地の主要なショッピングモールや観光スポットに設置されています。これにより、POPMARTのキャラクター商品が消費者に身近な存在として認識され、多くのファンを魅了しています。
日本における直営店と常設展開
POPMARTは、日本国内でも直営店を積極的に展開しています。現在、原宿本店をはじめ、渋谷センター街店、心斎橋PARCO店、天王寺MIO店、池袋PARCO店、新宿アルタ店、渋谷マグネットby109店、渋谷PARCO店、池袋サンシャインシティアルタ店と、主要都市の商業施設に店舗を構えています。これらの店舗は、それぞれがPOPMARTのユニークな世界観を反映したデザインで、来店客に特別なショッピング体験を提供しています。
また、常設展開も全国各地で行われており、北海道から沖縄まで、幅広い地域でPOPMARTの商品が手に入る環境が整っています。これにより、地方都市の消費者にもPOPMARTの魅力が広く浸透しており、地域を問わず人気を博しています。
海外進出戦略と低迷する経済への挑戦
海外進出戦略:新たな文化輸出の形
POPMARTの海外進出は2018年に始まりましたが、実際に本格的な進出が見られたのは2022年からです。このタイミングでの戦略転換は、同社が「近場から遠くへ」という段階的なアプローチを採用したことが大きな要因です。具体的には、まず文化的・地理的に中国と親和性の高い東アジアや東南アジア市場での基盤を確立し、その成功をもとに欧米市場へと進出するというものです。
東南アジア市場での成功
この戦略は、特に東南アジア市場において顕著な成果を上げました。東南アジアは、その人口構成が若く、経済成長が著しい地域として知られています。また、消費者は外来文化に対する受容性が高く、新しいトレンドに対して積極的に適応する傾向があります。POPMARTの主要IPである「Labubu(ラブブ)」がこの地域で人気を博したのも、この市場の特性を巧みに活かした結果です。
具体的な成果として、2024年上半期には東南アジア市場での収益が前年比478.3%増という驚異的な成長を見せました。これは、POPMARTが提供するプロダクトが現地の文化的背景や消費者のニーズに合致していることを示しています。例えば、タイにおける泡泡玛特の成功は、地元の若者や観光客の間で「Labubu」が単なるキャラクターを超えた文化的アイコンとして受け入れられたことが大きいです。
欧米市場への挑戦
一方で、欧米市場は東南アジアとは異なる挑戦をPOPMARTに突きつけました。文化的な背景が大きく異なるため、同社のIPやプロダクトがどのように受け入れられるかは不透明でした。しかし、POPMARTは欧米市場でも独自の戦略を採用しました。
具体的には、まず現地のトレンドや消費者の嗜好を徹底的にリサーチし、それに基づいてIPを現地化するアプローチを取りました。例えば、アメリカでは「Molly」を基にした限定版のコレクションをリリースし、これが現地のアートトイコミュニティで大きな話題を呼びました。
中国文化の輸出としての意義
POPMARTの海外進出は単なるビジネスの成功にとどまらず、中国文化の輸出という観点からも重要な意味を持っています。同社のIPデザインは従来の物語やキャラクターに依存せず、独自のビジュアルと感情価値を通じて世界中の消費者に受け入れられています。
これは、1980年代に日本が推進した「文化外交」に類似しており、当時の日本企業が「かわいい」文化を通じて世界に進出したのと同じように、POPMARTもその文化的価値を広めています。
POPMARTは、文化の壁を越えて、世界中の消費者に共感を呼ぶIPを創造し、そのIPが新しい文化の象徴となることで、現代における新しい文化外交の形を体現しています。
逆周期的特性:消費の低迷を逆手に取る
2022年から2023年にかけての経済環境は、多くの消費財企業にとって非常に厳しいものでした。しかし、POPMARTはその中でも逆に成長のチャンスを見出し、注目を集めています。
特に注目すべきは、1995年以降に生まれた「95后(95年後生まれ)」の若者たちが、従来の消費パターンから大きくシフトしていることです。彼らは、恋愛や住宅購入を避け、その結果として浮いた可処分所得を自分自身の満足感や幸福感を高めるために使う傾向が強まっています。
この新しい消費者層は、自分自身を喜ばせることに重きを置き、短期的な楽しみや即時的な満足感を求める傾向が強いです。POPMARTが提供する「ブラインドボックス」や「トレンドトイ」は、このニーズにぴったりと合致しています。
上述した通り、ブラインドボックスの開封体験は、「何が出るかわからない」というサプライズ要素と、「レアアイテムを引き当てるかもしれない」という期待感が消費者に与える喜びを最大限に引き出します。
歴史的背景との比較
歴史的に見ると、不況の時期には文化が繁栄することが多いです。例えば、1929年のアメリカ大恐慌の後、映画産業は空前の発展を遂げました。人々が日常生活でのストレスや困難から一時的に逃れるために映画を見に行った結果、映画館は賑わいを見せました。同様に、日本のバブル崩壊後の「失われた30年」においても、アニメやゲームといった文化産業は大きな成功を収めました。
POPMARTの成功も、こうした歴史の流れと同様に、不況下における消費者の心理を巧みに捉えたものです。経済的に厳しい状況下で、消費者は高価な買い物や長期的な投資を避け、短期的な満足感を得るための商品にお金を使う傾向が強まります。このような背景の中で、POPMARTのビジネスモデルは非常に効果的に機能しています。
未来展望とさらなる可能性
POPMARTは単なるトイブランドではなく、新しい消費モデルと文化輸出の形を代表しています。今後、さらに市場を拡大し、世界的なブランドとして成長する可能性を秘めています。その成功は、他の中国ブランドにとっても貴重な参考になるでしょう。
市場のニーズに敏感に対応し、新しい商品形式を導入し、巧妙なコミュニティ運営を行うことで、POPMARTは国内外で大きな成功を収めました。POPMARTは、世界的に広がる中国ブランドの「黒い神話」を創り出す存在として、その存在感をますます強めています。
POPMARTの成長は、単なるビジネスの成功にとどまらず、中国の文化的影響力を世界に広める一助となっています。その戦略的な市場進出と文化輸出の取り組みは、他のブランドにとっても学ぶべき重要な教訓を提供しています。
POPMARTが今後どのように成長を続け、どのように世界の消費者に影響を与え続けるのか、注目すべき点はまだまだ多く残されています。
ONE MORE THING
私は一方的な情報発信をし続けたいわけではありません。そのため読者の方と積極的にコミニケーションを取れればと考えております。特にどのようなテーマに興味があるのか教えていただきたいですし、せっかくのご縁なので、日本と中国でご一緒できるプロジェクトがあればザックばらんにお話しもできればと思っています。中国からでもZOOMやGoogle Meetを利用することはできますのでご遠慮なく仰ってください。
もしビデオコールする必要はないと感じる方は、レターにコメントを残していただいても構いませんし、最近登録したmondというサービスはかつての「質問箱」のように活用することができるので、そちらで質問を飛ばして頂いても構いません。
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