「正社員になるな」中国の稼ぐ力を支える経済思想
先日は深センで最も有名なスポットの一つ、電気街の華強北を訪れました。
コロナ前は、日本から来た観光客や出張者は必ずといって良いほど、ここを観光してガジェットを面白おかしく買って帰っていました。今もそのガジェットはうまく作動していますかね?
今回は前回に続いて深セン関連の情報を共有していきたいと思っておりますので、深セン電気街の現場から皆さんにレターをお届けします。
目次
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深センの電気街とは?
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電気街に売られているもの
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電気街の生態系
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深セン電気街とは?
深セン電気街は、中国では「華強北(ファーチアンベイ)」と呼ばれ、別名「深セン版秋葉原」とも呼ばれる深セン市福田区の西側に位置する非常に有名な電子製品の卸売市場です。
秋葉原と言っても日本のようにアニメやメイド喫茶があるわけではありません。実際は元祖秋葉原の原型が残っており、電子製品の基盤や細かい部品などが集積されており、鄧小平が改革開放時に深センを経済成長させるときに秋葉原をモデルにして電気街を作ったと言われています。
一部は今でも秋葉原の高架下で見かける光景と似ているかもしれませんが、 深センの電気街は秋葉原の30倍ほどの規模なので歩くだけでも大変です。
女性の場合、ヒールは全くもって非推奨です。適当にぶらっと歩くっていうのはあまりオススメしていないのである程度の目的を持ってきた方が良い場所と思っております。
歴史を遡ると、1980年代にはこの近辺に家電製品メーカーが工場を建設し始めました。製品を製造するために必要な部品や材料が電気街で容易に入手できるため、家電製品メーカーにとって非常に魅力的な場所でした。
その後、小売業者がこの地域に移り、最終的には現在の電気街が形成されました。 中国テックジャイアントTENCENTの創業者のポニーマー(馬化腾)も実はこのエリアで創業して今に至ります。ハードウェア企業ではないのの、電気街の歴史上最大級の成功を収めたのが彼と言っても過言ではありません。
「深センの1日はシリコンバレーの1週間(ないしは2週間)だ」
と言うフレーズを聞いた事はございませんか?