中国が「全民社保」時代へ:経営者が知るべき法改正と今後のリスク

2025年9月1日、中国で社会保険の新法規が施行されます。これにより、労使間の「社会保険不払い」の合意は無効に。日本と同様の少子高齢化を背景に、長年のグレーゾーンが消滅します。この法改正は、中国ビジネスにおける人件費構造とリスク管理を根本から変える、重大な転換点となるでしょう。
吉川真人 2025.08.11
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おはようございます。中国深セン在住の吉川です。

先週は日本から深センでのOEMやODMを検討されているお客様をご案内し、自ら車を運転して工場を巡るツアーを実施しました。事前にお話を伺い、候補となる3つの工場を訪問したところ、幸いにも2つの工場がお客様の期待に応える、非常に良いパートナー候補となりました。日本にいながらにしてアリババなどのECサイトで工場を探せる時代ではありますが、やはり最終的な取引先を決定する前に、現場に足を運ぶことの重要性を改めて痛感した次第です。

工場の敷地に入った瞬間の整理整頓状況、製造ラインで働く従業員の方々の動き、そして経営者の言葉の端々から感じられる信頼性。これらはすべて、画面越しでは決して読み取れない情報です。事前のリサーチでいくら下調べをしても、実際の現場には品質管理体制や企業文化など、五感で確かめるべき重要な要素が数多く存在します。中国のパートナーと良好で持続的な関係を築くためには、徹底的なリサーチと現場での確認作業は決して欠かせない、と改めて強く感じました。もしもなにかお困りの方がいらっしゃればお気軽にご相談ください。

さて、今週は中国で大きな話題となっている、ある法改正について解説します。これは、遠い国の出来事のように聞こえるかもしれませんが、日本が辿ってきた道とも重なり、私たちの事業戦略を考える上でも示唆に富んだテーマです。

「社保」のグレーゾーンが消滅へ:企業と従業員の関係はどう変わるのか

2025年9月1日、中国で社会保険の新法規が施行されます。これにより、これまで企業と従業員間で慣例的に行われてきた「社会保険を支払わない代わりに、給与を上乗せする」といった個人的な合意は、法的効力を失います。最高人民法院が、このような取り決めを無効と判断する新たな司法解釈を施行するのです。

この決定は、中国が「全民社保」(全国民を対象とした社会保険制度)の実現に向けて、本格的に舵を切ったことを示唆しています。

日本の社会保険制度は、病気や失業、老後の生活といった万が一のリスクに備えるためのセーフティネットです。会社員の場合、健康保険や年金などの保険料を会社と従業員が半分ずつ負担する「労使折半」が原則となっています。中国の社会保険制度も、基本的な考え方は日本と似ています。

しかし、これまで中国では、特に中小企業やスタートアップにおいて、社会保険の支払いを回避するケースが少なくありませんでした。月々の給与明細から引かれる社会保険料の負担は、従業員と企業双方にとって無視できない金額だったからです。

たとえば、上海市で月給1万元(約20万円)の従業員を雇用する場合を考えてみましょう。従業員の手取りは約8,152.5元(約16.3万円)になるのに対し、企業が負担する社会保険料と住宅積立金(公積金)を合わせると、企業が支払う総コストは月々約13,270元(約26.5万円)にも達すると言われています。

この「手取りとコストの大きな乖離」が、企業にはコスト削減を、従業員には手取り増を求めるインセンティブを生み、結果として「社会保険を支払わない代わりに、その分の給与を上乗せする」という、一見双方にとってメリットがあるように見えるグレーな慣例が成立していました。

今回の最高人民法院の決定は、この長年の慣例に終止符を打つものです。新規則の核心は、以下の5点に集約されます。

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