「法令を守れば安全」は通じない?大連逮捕事件から読む中国ビジネスのリアル

富士電機社員2名の大連での逮捕事件を手がかりに、デュアルユース規制の厳格化と中国ビジネスの不確実性を考察。深センの展示会で見た現場の実例も交え、「法令を守れば安全」とは言い切れない中国の現実と、企業が取るべきリスク管理を現地在住者の視点から解説します。
吉川真人 2026.06.29
誰でも

おはようございます。中国深セン在住の吉川です。

先日、深センで開かれたドローン関連の展示会を回っていたときのことです。あるブースで、ドローンに給電するワイヤー付きの電源装置を展示している南京の会社の方とお話しする機会がありました。製品自体はシンプルなものなのですが、「パネルに何も表示していない理由」を聞いて、思わず唸ってしまいました。電源を入れない限り、その装置がドローン用であることはどこにも表示されないようにしているというのです。理由は一言、「ドローン用だと書いてしまうと、デュアルユース(軍民両用)扱いになって輸出が大変になるから」。

今の中国では、現場の製品設計レベルにまでデュアルユース規制の影が忍び込んでいる。そんな実態を肌で感じた瞬間でした。今回の日本と中国両方で話題になっている富士電機の社員2名が大連で逮捕されたというニュースを聞いて、私はまずそのときのことを思い出しました。

***

何が起きたのか

まず事実を整理しておきましょう。2026年5月18日と25日、富士電機の社員2名が中国・遼寧省大連で中国当局に拘束されました。容疑は「国家輸出入禁止貨物密輸罪」。木原官房長官が6月24日の会見でこれを明らかにし、5月18日と25日に1人ずつ拘束されたと発表しています。

疑いの内容は、レアアースを加工した製品、具体的には永久磁石や関連部材とみられるものを、管理対象外品目として申告するなどして輸出しようとしたというものです。富士電機は大連で産業用モーターや自動販売機などを製造しており、レアアース永久磁石を多用するモーター事業が中国生産の中心的な柱でした。

ここで注目したいのが罪名。今回は「密輸罪」であり、以前のアステラス製薬の社員の事案のような「スパイ罪」ではありません。東京財団の柯隆主席研究員は「今回はいわゆるレアメタルの密輸の疑いで拘束しており、反スパイ法に比べて『手加減』がある」と指摘しています。この「手加減」という言葉が何を意味するのかについては、後ほど詳しく触れます。

なぜ今このタイミングなのか

この事件は突然起きたわけではなく、日中関係の悪化という大きな文脈の中に位置づけられています。昨年11月の高市首相の台湾有事をめぐる国会答弁を機に日中関係は冷え込み、中国は今年1月にレアアースを含むデュアルユース製品の対日輸出規制を強化しました。

2026年1月6日、中国商務部は「デュアルユース物品の対日輸出管理の強化に関する公告」を発表。日本の軍事ユーザー、軍事用途、および日本の軍事力向上に資するすべての最終ユーザーへの輸出を禁止するというもので、規制は即日発効しました。さらに中国から輸出された該当品目を第三国が日本に再輸出した場合にも法的責任が問われると明記されています。

そしてこの規制が数字として現れてきました。レアアース磁石の日本向け輸出量は前月比で34.6%減。超硬工具に不可欠な炭化タングステンに至っては4ヶ月連続で日本への輸出がゼロという異常事態が続いています。

法律の整備という観点で言えば、2024年12月に「両用品目輸出管理条例」が施行されており、中国政府は両用品目について輸出時に許可が必要となる品目の管理リストを整備するとともに、リスト外品目にも適用可能なキャッチオール規制の枠組みを構築しています。今回の逮捕の土台となる法的枠組みは、着々と整備されていたのです。

冒頭に書いた展示会での話に戻りますが、南京の会社の方が製品設計の段階でデュアルユース回避を意識しなければならないほど、この規制が現場レベルにまで浸透していることは、私が深センで日々感じていることでもあります。

ロボットリサーチの現場でも、センサーやアクチュエータのやり取り、さらにはソフトウェアや技術情報の移転にまで「これはデュアルユースにならないか」という問いが生まれ始めています。製品だけでなく、知識・技術そのものもグレーゾーンになり得る時代です。

アステラスとの比較で見えてくること

「スパイ罪」と「密輸罪」。この罪名の違いは単なる法律上の話ではなく、中国政府の意図を読み解く重要な手がかりです。

2023年3月、アステラス製薬の日本人社員が帰国前に北京市内で身柄を拘束されました。中国当局は2024年8月にスパイ罪で起訴し、2025年7月に懲役3年6ヶ月の実刑判決が下っています。アステラスの案件では「個人の怪しい行動」を問う形が取られました。

表向きの容疑は新薬申請に絡む働きかけとされていますが、実際のところは共産党内部の権力闘争に巻き込まれた側面もあると聞きます。ただし私は当事者でも関係者でもないので、これ以上は憶測になってしまいます。

今回の富士電機の事案が「密輸罪」を使ったことの意味は何か。スパイ容疑にすると「個人の怪しい行動」を問うことになりますが、密輸容疑にすることで会社全体を「経済のルールを破る組織」のように扱い、日本政府の貿易政策に対して圧力をかけることができます。これは経済的なつながりを武器として政治的目的を果たす「エコノミック・ステイトクラフト(経済的威圧)」の手法です。

つまり「手加減」は優しさではなく、目的が違うのです。柯隆氏は「2人を拘束することで、高市首相の台湾有事発言に対してそろそろ譲歩してもらいたいというサインを発した」と分析しています。中国は今、日本との経済協力を完全に断ちたいわけではない。でも政治的な圧力はかけたい。その両立を図ったのが今回の「密輸罪」という選択だったのかもしれません。

ただし、これをもって「密輸罪ならまだ安心」と楽観してはいけません。状況が変われば、次は「スパイ罪」が使われる可能性もゼロではない。そしてスパイ罪の場合、アステラスの事案が示すように、解放まで2年以上かかる実刑判決が下る現実があります。

「法令を守れば安全」という前提が崩れている

ここが今回の事件の核心だと私は思っています。表向きは「中国の法律に違反したから拘束した」です。中国外務省報道官もそう言っています。しかし中国日本商会が発表した「中国経済と日本企業2026年白書」では、デュアルユース規制について「運用をめぐって不透明性が残る」と指摘しており、日系企業の関係者からは「日中関係の悪化がなければ、このような事態にならなかったのではないか」との声も上がっています。

これが現実です。ルールは存在する。しかしそのルールの解釈・適用が、外交・政治の状況によって恣意的に運用される。今回、富士電機の社員の方々が本当に「ルール違反」をしていたのかどうか、私には分かりません。

しかし中国の輸出管理法などの運用は条文上は中立的であっても、実際の適用において「最終用途審査」の解釈が恣意的になりやすく、外交・安全保障上の緊張が高まると選択的に厳格化される傾向があります。

さらに言えば、レアアース自体やその合金・永久磁石などは規制対象になる一方、それを用いて製造されたモーターやセンサー、さらにそれを組み込んだ製品については規制範囲外とされる場合がありますが、この境界線は極めて曖昧です。個別品目の該否は中国当局の判断に依存しており、軍事転用可能と認められれば当該輸出が止められるリスクが常にあります。法律を読むだけでは判断できない領域があるのです。

中国で長く仕事をしていると、共産党幹部や政府機関の関係者と近しくなる機会が生まれることがあります。そこで得られるものも確かにある。でも私が深センで8年過ごして感じることは、そういった人たちと深く関わりすぎることのリスクです。党内の権力闘争に巻き込まれたり、相手の失脚に伴って自分も標的になったりすることがあります。外交のプロでも何でもない私たちビジネスマンが、そのリスクを正確に読み切るのは難しいでしょう。ハニートラップだけが手法ではありません。危ない橋をわざわざ渡る必要はないと、私は思っています。

では私たちはどうすればいいのか

「中国に出張に行っても大丈夫ですか」という質問をよく受けます。

私の答えは、過度に恐れる必要はない、です。旅行や短期出張で数日滞在する程度であれば、共産党幹部と接触するような機会は通常ありません。深センには政治的な文脈とは無縁に楽しめるテックスポットがたくさんあります。私自身、8年ここにいて逮捕されたことはありませんし、リサーチ目的で工場や展示会を回る程度の行動であれば、まず問題は起きないと思っています。

ただし、製造・調達・物流に深く関わる業務をされている方は、今すぐ自社のコンプライアンス体制を見直すべきだと思います。具体的に意識すべき点を3つ挙げます。

まず、自社が扱う製品・部品がデュアルユースの対象になり得るかを確認すること。境界線が曖昧であることは前述の通りです。法務部門だけで判断しようとせず、現地の専門家や弁護士を使って定期的にチェックする体制を作ることが必要です。

次に、「以前と同じやり方で通じると思わない」こと。2024年末から段階的に規制が強化されており、1年前に問題なかった手続きが今日は問題になる可能性があります。現地スタッフやパートナー企業とのコミュニケーションを密にして、現場感覚を常にアップデートすることが重要です。

そして最後に、「中国との付き合い方の深度」を意識すること。中国を完全に切り捨てるのは現実的ではありません。ロボット分野で言えば、アクチュエータ、センサー、減速機の調達コストは中国が圧倒的に安く、このサプライチェーンを一朝一夕に置き換えることはできません。問題は「どの深さまで関与するか」です。製品レベルでの調達と、現地での研究開発や機密性の高い技術情報のやり取りとでは、リスクの次元がまったく違います。

***

最後に

心配している人は来ないし、来る人はなんだかんだ来る。これが私の実感です。本当に不安な人は無理に来ない方がいいですが、多くのビジネスパーソンにとって、中国は依然として「関わる価値のある場所」です。

今回の事件が示しているのは、中国が「ビジネスの場」であると同時に「政治の道具が使われる場」でもあるということです。その両面を正しく理解した上で、リスクを管理しながら関わる。それが今の時代の中国ビジネスのリアルだと私は思います。

「渡航はリスクが高いので現地に行けない」という方も、ご安心ください。深センに基盤を固めている私たちが、現地情報の収集、サプライヤーとの交渉、工場視察の代行、規制動向のウォッチなど、日本にいながら必要な中国ビジネスの実務をサポートすることができます。

この事件をきっかけに中国との関わり方を見直したい、あるいは現地リスクを取らずに中国のリサーチや調達を進めたいという方は、ぜひお気軽にご相談ください。

makoto@yoshikawa-international.com

筆者プロフィール

吉川真人。株式会社ロボットワークス代表。中国・深圳と日本を拠点に、フィジカルAI、AIハードウェア、スマート製造を中心としたリサーチおよび事業支援を行っています。日本企業を対象に、中国企業・市場の調査、現地視察、商談アレンジ、製品開発、工場・パートナー開拓、中国企業の日本市場参入支援などを手掛けています。
TBS「THE TIME,」海外特派員として中国の現地情報を発信した経験を持ち、現在はGMO AIR顧問、NAGALAB社外取締役を務めています。中国の技術・産業動向を、現地の一次情報と事業の視点から継続的に発信しています。

株式会社ロボットワークスWebサイト https://www.robot-works.jp/
X https://x.com/mako_63
Newsletter「中国ビジネストレンド」 https://china-biz-trend.theletter.jp/
note https://note.com/zhenren63

無料で「吉川真人の中国ビジネストレンド」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

読者限定
2027年、深圳はロボット都市になる─進む国家実験の正体
読者限定
【配布資料入手可】中国は「ロボット」を作っているのではない。産業を作っ...
誰でも
中国フィジカルAIと日本をつなぐために、株式会社ロボットワークスを創業...
読者限定
深セン龍崗区「ロボット大道」全解説─法律AIから介護ロボットまで、日本...
読者限定
「メイドインジャパン」は、もう国籍ではなく設計思想。大阪万博EVバス騒...
読者限定
深センに押し寄せるロボット視察団2.0 日本企業がお金を払って見に来る...
読者限定
China Travel 1.0→2.0~外国人旅行と都市型レジャーの...
読者限定
深センのロボット展示会が変わった─500社が集まった現場で見えた、日本...