中国映画『731』が突きつけた「歴史認識」と「商業主義」の狭間:中国ネット炎上の深層を読み解く
皆さんおはようございます。中国深セン在住の吉川です。
10月1日から国慶節が中国で始まります。春節に並んで中国2大長期休暇と言えます(前後なぜか休日が出勤日になる意味不明な仕組みですが...)。民族大移動が始まる一足先にテスラモデル3に荷物を詰め込んで家族3人で妻の実家『潮汕』を訪れることにしました。私のツイートを見ると現地の美食を閲覧可能なので月曜日の朝からよだれを垂らしながら羨ましがってください。
さて、今週のレターは、私が中国人の妻とデート?で観に行った一本の映画、『731』についてお話ししたいと思います。
今年は中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年という、中国にとっては極めて重要な節目です。ご存知の通り、中国経済が停滞し、国内の鬱積した不満が高まる現状において、ナショナリズムの機運が生まれやすいこの時期は、そのガス抜きとして、また日本が使われる絶好のタイミングともなり得ます。
実際、『731』に先行して、南京事件をテーマとした『南京写真館』が公開され、私も鑑賞しました。この作品のラストで、「中国人は日本人の友だちなんかじゃない」という強烈なセリフが、多くの人々の心に響き、中国のSNSは歴史の悲劇をめぐる感情の渦に包まれました。その高まった「怒りの受け皿」として『731』が公開されるとなれば、日中関係が最悪の状態になるのではないかと本気で心配しておりました。
皆さんがこの映画に期待していたのは、きっと惨たらしくグロテスクな人体実験の数々だったかもしれません。日本の負の歴史を直視することで、歴史を学ばない人間に進歩はないと考える私のような人間は、覚悟して臨んでいたでしょう。しかし、正直なところ、私が劇場で感じたのは、歴史の重圧とはかけ離れた強い違和感でした。

私はこの映画を、正直ただの脱獄を試みる『プリズン・ブレイク』のような内容にしか映りませんでした。非現実的なファンタジー的なシーンや、日本軍女性役の方の日本語があまりにもカタコト過ぎて、感情移入ができないどころか、正直笑ってしまったのが本音です。これは無理がありすぎた。歴史の事実を描くべき作品で、このようなリアリティの欠如を感じた瞬間、むしろ反日デモや不買運動、日本人への嫌がらせは起こらないだろうと、映画館の暗闇の中で安堵した部分さえありました。グロテスクな描写や史実の再現を期待していた中国人からすれば、きっと呆気に取られてしまうだろうな、と。
当初、私自身が感じたこの違和感は、炎上させたくないという思いから、SNS上では深く語らずに、論点をずらしたツッコミどころの少ない投稿に留めていました。しかし、その後、現地のSNSやレビューサイトで、私が感じたこの「歴史の重みに耐えきれていない」という違和感を、他の多くの中国人観客もまた、激しく指摘しているのを目にしました。

この、私たち観客が感じた「違和感」と「期待との落差」こそが、映画公開直後の中国での凄まじい大炎上の核心にあります。本レターでは、この映画がなぜ中国で大ヒットスタートから一転、歴史的駄作と酷評されるに至ったのか、その深層を分析し、愛国心と商業主義の危うい関係、そして中国人の歴史認識のリアルに迫ります。
731部隊とは何か?「歴史の暗部」を理解するための前提知識
まず、日本のビジネスマンの皆さんに対して、この映画のテーマとなっている731部隊がどのような部隊だったのか、その歴史的背景を簡潔におさらいしておきましょう。
731部隊とは、第二次世界大戦中に旧日本陸軍に存在した関東軍防疫給水部の通称です。その表向きのミッションは、戦場で戦死する兵士よりも病死する兵士が多かったため、衛生環境の改善を名目に石井式浄水器を開発し、それを前線に持ち込むというものでした。しかし、その実態は、細菌兵器の開発と、そのための人体実験を行う、極秘の特殊部隊でした。興味深いことに、この部隊は京都大学の出身者など、当時の日本におけるエリートによって構成されていました。

日本人や被実験者の証言動画や資料、当時の実験器具が展示されており、南京の記念館同様、日本語話せるような雰囲気は皆無。中国政府による愛国主義施設と片付けてはいけない気がした。
私自身、2023年1月にTBSの撮影で黒龍江省を訪れた際、日本人として学ばなければならないという思いから、ハルビン駅の安重根記念館と、部隊の跡地に建てられた侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館へ歴史学習に行きました。
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