買商が高すぎる中国で起きている消費動向の変化と日本の第五の消費が重なる瞬間

中国の消費は「派手に売る時代」から「説明できる時代」へ移っています。そしてこの変化は、中国だけの特殊事情ではなく、日本の生活者感覚ともつながりながら進んでいます。今回は、その物差しの入れ替わりを「老己/買商」という合言葉でほどきつつ、日本側の「第五の消費」と重ねて見取り図にしてみます。
吉川真人 2026.01.26
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おはようございます。中国深セン在住の吉川です。

年末年始は日本に戻っておりましたが、その間にむしろはっきりしたのが、中国で起きている消費の変化は中国の特殊事情ではなく、生活者の感覚として日本側にも通じる流れだという点でした。ドラッグストアでもECでも、棚の前で立ち止まる時間が長い人が増え、価格だけでなく、成分や仕様、レビューの中身を確かめてから買う動きが当たり前になってきています。景気の空気感というより、買い物の基準が少しずつ入れ替わっている感じです。

そして深センに戻ってから改めて見えるのは、その基準の入れ替わりが中国ではより速く、より露骨に進んでいることです。派手な売り文句やストーリーより、結局それは自分の生活にとって得なのか、使って本当に意味があるのか。そこに判断が集中してきました。象徴的な合言葉が「老己」と「買商」。どちらもネットスラングですが、軽い言葉のわりに中身は重いです。

老己は直訳すると自分自身に近い意味で、愛你老己のように使われます。何かを買うときに大事なのは、ブランドがどう語るかではなく、自分の生活がどう良くなるか。背伸びや自己演出よりも、今の自分とこれからの暮らしを守る選択をする、という感覚に近いです。節約というより、限られた時間とお金をどこに使うかを、より真剣に考える態度が前面に出ています。

買商は購買の知能指数のような概念で、買う力そのものを指します。中国語圏ではIQを智商、EQを情商と呼びますが、買商はその延長線上にあり、買い物の判断力や検証力を一種の能力として捉える発想です。何となく選ぶのではなく、調べて、比べて、納得してから買う。それが賢さだという価値観が、かなり一般化してきました。

買商が上がると何が起きるのか。結論から言うと、派手に売るが中身が薄い商品ほど、後から効いてきます。最初は話題になっても、成分や仕様、価格の根拠が掘られ、じわじわ評価が落ちていく。一方で、地味でも「なぜこの値段なのか」「何ができて何ができないのか」を丁寧に説明する商品は、時間をかけて選ばれ続けます。

買商の土台を作った成分党と平替という記憶

買商という言葉だけを見ると、ここ最近になって突然現れた新概念のように見えますが、実際にはその前段に、かなり長い助走期間がありました。中国の消費者は、ある日突然賢くなったわけではありません。数年前から、少しずつ「調べる」「疑う」「比較する」という動作を生活に組み込んできました。その象徴が成分党と平替です。

成分党は、もともと化粧品やスキンケアの分野から広がった言葉です。商品を選ぶ際に、パッケージの世界観やブランドの歴史よりも、まず成分表を見る。しかも、ただ眺めるのではなく、どの成分がどの順番で並んでいるか、刺激性はどうか、濃度は十分か、他の成分との相性に問題はないかまで掘り下げていきます。

メーカーの説明をそのまま信じるのではなく、第三者の検証や論文、実際の使用レビューを突き合わせながら判断する。この態度が一部のマニア層にとどまらず、一般層にまで広がっていきました。

吉川真人🇯🇵深セン
@mako_63
中国では不眠症を含む睡眠障害に悩む人が3億人以上おり、農夫山泉の「尖叫」の紫ボトルが睡眠改善効果があるとしてSNSで人気になっています。特徴は添加されている「テアニン」成分で、1本当たりの含有量は3mg以上。テアニンはストレス緩和や安眠に効果があるとされます。
2024/10/31 09:30
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この流れが強まった背景には、中国の情報環境があります。SNSや動画プラットフォーム、レビューサイトを通じて、成分解析や比較検証の情報が大量に出回り、専門家と一般消費者の情報格差が急速に縮まりました。その結果、ブランドだから安心、高いから良いという前提が静かに崩れていきます。信頼の基準が、物語からデータへと移っていきました

平替は、その延長線上に生まれた行動です。直訳すれば平価代替、つまり同等の価値をより低い価格で実現する選択肢を探すという意味合いになります。単に安いものを探すのではなく、体験として同等かどうかを検証し、コスト構造そのものを見抜こうとする動きです。ハイブランドと全く同じ工場で作られている商品はないか、機能的に差がないのに価格だけが違う商品はないか。ここまで掘るのが当たり前になっていきました。

吉川真人🇯🇵深セン
@mako_63
「平替」という言葉の背景と広がり

最近、中国で「平替」という言葉がよく聞かれるようになりました。この言葉の意味は一般的に

「より高価な商品やサービスの代わりに、同じ機能や見た目で、もっと手頃な価格のものに置き換える」

という消費行動を指します。

続き↓
2024/09/04 23:28
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この平替の流行を象徴するのが、小紅書の存在です。小紅書では、一時期、どのハイブランドがどのOEM工場を使っているのか、といった情報が半ば公開情報のように出回りました。もちろん真偽が混ざるケースもありましたが、少なくとも消費者の側に、ブランドの背後にある製造背景まで追いかける熱量があったことは確かです。そして、その情報をもとに、国内版アリババとも言われる1688で同じ工場の製品を探し、購入するという行動がブームになりました。つまり、ブランドを買うのではなく、工場と仕様を買うという発想です。

この発想が面白いのは、対象がハイブランドに限らなかったことです。ある時期から、ユニクロのようなコスパの象徴的存在ですら比較の俎上に載せられるようになりました。もっと安く、同じ着用感や耐久性を実現できる商品はないか。あるいは、少し高くても長期的に見れば得になる選択肢はないか。ここまで来ると、消費者は買う前の段階で、ほとんど半分プロです。広告コピーやイメージ戦略が効きにくくなるのは、自然な流れでした。

吉川真人🇯🇵深セン
@mako_63
ユニクロのOEM先を特定し、ノーブランドとしてユニクロと同じクオリティの物を購入する動きが生まれています。
例えば99元の餃子バッグ。タグを見ると工場の名前と住所が記載されています。そこからサーチすることもできますし、
2024/07/22 00:07
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成分党と平替は、それぞれ別の現象に見えますが、根っこは共通しています。自分で調べ、自分で比較し、自分で納得して選ぶという姿勢です。この姿勢が積み重なり、消費者の筋力として蓄積されていきました。それが、後に買商と呼ばれる状態の基礎体力になったと考えると、流れはかなり分かりやすくなります。

そこに追い打ちをかけたのが、景気の先行き不透明感でした。将来が見えにくい環境では、失敗した買い物の痛みが大きくなります。同時に、サプライチェーンや価格構造、OEMの実態が可視化され、レビュー文化も成熟しました。結果として、感覚的な消費から、検証前提の消費へと重心が移っていきます。

買商が社会現象として語られるようになったのは、こうした変化が臨界点を超えたからです。成分党と平替で鍛えられた消費者が、今度はあらゆるジャンルで同じ思考を使い始めた。その結果、買う力そのものが一つの能力として意識される段階に入った、というのが実態に近いと思います。

車は買商が最も露骨に出る試験会場になった

買商が高い人たちが一番本気になるのは、高額で長く使う買い物です。住宅と車が代表で、中国の大型SUV市場の話は、まさにそれでした。

大型三列シートSUVの世界では、動力の選び方そのものが、消費者の買商をはっきり映し出すようになっています。ここ数年の流れを見ると、選択は次第に純電動へと寄ってきました。一方で、レンジエクステンダーEVは伸び悩む傾向が見られます。重要なのは、どちらが技術的に優れているかという議論ではなく、「生活の中でどちらが分かりやすく、管理しやすいか」が静かに評価されている点です。

レンジエクステンダーEVは、走行はモーター、エンジンは発電用という仕組みを持ちます。ガソリンも電気も使える、と聞くと一見万能に思えますが、買商が高い消費者ほど、この説明をそのまま受け取りません。充電の頻度は実際どのくらいか、日常利用ではエンジンはどれほど動くのか、メンテナンスはどこまで複雑になるのか。二つの仕組みを同時に抱えることによるコストや手間まで含めて、冷静に分解して考えます。

こうした視点で見ると、「何でもできそう」という言葉は、必ずしもプラスには働きません。むしろ、管理が難しそう、予測が立てにくそう、という不安に変換されることもあります。買商が高い層にとって重要なのは、選択肢の多さではなく、生活の中での分かりやすさと再現性です。

吉川真人🇯🇵深セン
@mako_63
Huawei系のAITO M7(約580万円~)が正式発売1時間で3万台のオーダー
グレードの分け方が、Pro、Max、Ultraなのでまるでスマホ(故にSDVと呼ばれるんだろうけど)
空間広くて、中国で一番レベルの高いADAS搭載して、REEVなら航続距離(CLTC)1625kmもあるので、真剣に買おうかと検討...
2025/09/24 10:47
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その結果、車選びはロマンやイメージの話から、家計と時間をどう最適化するかという現実的な判断に近づいています。項目を並べて比較し、どこに無駄があり、どこにリスクがあるのかを整理する。車はもはや憧れの象徴ではなく、家庭の意思決定を支える道具として、極めて合理的に評価される段階に入っています。

この流れが続くと、メーカーは二つの方向に追い込まれます。ひとつは、製品の中身をシンプルにし、ユーザーが理解できる価値に絞ること。もうひとつは、説明責任の強化です。スペック表だけでなく、実使用の前提条件や限界まで含めて、誠実に見せる。前者が設計、後者がコミュニケーションで、両方が噛み合わないと買商の高い市場では勝ちにくい。

日本の第五の消費が、中国の老己と噛み合う理由

ここで日本側の概念を一枚重ねると、中国の老己や買商が単なる流行語ではなく、もう少し大きな地殻変動として見えてきます。日本では、三浦展さんが第一から第四までの消費を整理してきた延長線上に、第五の消費という見立てがあります。細部の定義は議論が分かれる部分もありますが、大づかみに言えば、生活が豊かになるほど物量や記号で競う消費は飽和し、代わりに、意味のある支出、納得できる支出、持続可能な支出へと重心が移っていくという流れです。

(↑こちらは2012年に出版された第四の消費)

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続きは、4576文字あります。
  • 買商が上がるほど、売り方の勝負は長期戦
  • インフルエンサーの再定義と真面目が報われる社会への期待
  • 筆者プロフィール

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